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ナスカイレポート

充実した民泊体験

更新日:2016/04/26
平成28年4月22日(金)、生徒はそれぞれの民泊先で仕事を手伝いながら実地の社会勉強をしていました。

椎茸栽培をしている森口さん(農業)の所では、日本家屋の造りは地方によって特色があること、椎茸栽培の木組みの方法、竹笛や紙鉄砲作りなど日本古来の遊びまで、いろいろな体験をしていました。

木谷さん(漁業)は、漁船での作業や岩ガキの殻開け体験など、普段の学校生活ではできないことをご指導くださっていました。

さらに各ご家庭では、昼頃から隠岐の名所・旧跡巡りに生徒を案内し、生徒は珍しいものをたくさん見学できました。
そしてなにより、どのご家庭でも生徒たちは、隠岐ならではのご馳走をおなかいっぱいになるまで食べさせてもらっていました。
生徒は、この研修で体重を増量することになりそうです。


写真は、椎茸栽培の作業をしているところです。

隠岐研修旅行がスタート

更新日:2016/04/25
平成28年4月21日(木)朝4時に、大きな荷物を持った6年生(全8名)がアカデミーヒルズを出発しました。
多摩センターからリムジンバスで東京国際空港(羽田)へ、そこから出雲縁結び空港、そして隠岐世界ジオパーク空港へ向かいました。
本日、出雲縁結び空港から先はすっかり雨模様でしたが、初めてのプロペラ機(SAAB340B型機)にタラップを使い乗降する経験ができました。

午前10時30分、隠岐に着いた生徒たちは、最初のプログラム(民泊体験)に先立ち、民泊受入れ事務局による入島式で歓迎を受けました。

8名の生徒は、本日から延べ3日間の民泊体験を、3班(農業・漁業・畜産業)に分かれて行います。
初めて会った各ご家庭の方々に、少し恥ずかしそうに挨拶をしていた生徒たちは、あれよあれよという間に民泊先へと空港を後にしました。
その日の夕方、民泊先の方からの電話で、生徒たちは元気に生活しているというお話を聞くことができました。


写真は、入島式の様子です。

野球部 春期北部地区予選

更新日:2016/04/12
先週の土曜日、那須烏山市緑地運動公園野球場で「春季栃木県高等学校野球大会北部地区予選」がおこなわれ、 連合チーム(那須・馬頭・那須海城)は1回戦に臨みました。
相手は烏山高校でした。

結果は残念ながら0-7、8回コールド負けでした。

連合チームでエースで4番を任されているのは那須海城のK君です。
この試合も先発として力投しましたが、途中ピッチャー強襲のあたりを腹部に受け、無念の降板となってしまいました。
さぞ悔しかったことでしょう。

春休み中の合宿や日曜日の合同練習などでしかチーム練習ができませんが、そうしたハンデを乗り越えて3校が力を合わせて試合に出ることは本当に素晴らしいことだと思います。
いつも那須海城のことを「仲間」と思ってくれている那須高校や馬頭高校の野球部には感謝の気持ちでいっぱいです。

夏の大会は連合チームがどのような形になるか、まだわかりませんが、ナスカイ最後の夏。
ぜひともグラウンドでの勇姿をみんなで見たいですね。

卒業おめでとう

更新日:2016/03/28
先日、第18回那須高原海城高等学校卒業証書授与式が挙行されました。
多くの人に見守られながら晴れやかに卒業生たちは那須海城を巣立ちました。

式で読み上げられた生徒会長による「別れの言葉」は、那須から新宿、そして多摩と、震災によって大きく変わってしまった環境にとまどいながらも、いつも前向きに周囲への感謝への気持ちを忘れずに学校生活を送ってきた彼らの学年にふさわしいスピーチでした。
このスピーチは、卒業生、在校生はもとより会場内にいたすべての参列者の涙を誘う、素晴らしいスピーチでしたので、今年もここに全文紹介します。



別れの言葉


私は今日、こうしてナスカイを卒業するということがまだ実感できません。
しかし、そんな中で今日までのナスカイ生活を振り返ってみて思うのは、「多くの人に支えられ、周りに恵まれた六年間だった」ということであり、何よりナスカイでの六年間が楽しかったということです。
6年前、私たちは胸に期待を膨らませてナスカイファミリーに仲間入りしました。
寮って、中学って、文化祭って、どんなものなんだろう?
いろんなワクワクと不安と共に中学一年生になったのです。

それからは波乱万丈の6年間でした。
初めての経験の連続で、先輩たちに色んな事を教えてもらった一年生。
「来年はこんな先輩になってやる」とまだ見ぬ後輩に思いを馳せ、仲間たちと語り合っていた三学期が終わると、震災で校舎は東京へ移転し、これまでの生活は一変しました。

毎朝満員電車でおしつぶされ多摩と新宿を行き来する日々。
部活動もままならず、つらすぎて泣きそうになった日もありました。
そんな中でも仲間に支えられ、ようやく3年生で安住の地である多摩に落ち着くことができました。

校舎が転々とし、誰もが少なからず不安を抱えていた中で、私たち生徒のすぐそばで支えてくれたのが、ナスカイファミリーの先生たちでした。
相談にはいつでも親身に耳を傾けてくださり、勉強の質問にはいつまでも付き合ってくれ、部活では毎日遅くまで練習に付き合ってもらい、休日を潰して引率してくれました。
そして東京にいながらも、私たちにとって最も良い環境を一生懸命整えてくださった先生方への感謝は、口では表しきれません。

また、いつも陰からナスカイを支えてくださった保護者の皆様。
今の私たちがあるのは、みなさんのおかげです。
いつもは恥ずかしくて言えませんが、この場を借りて言わせてください。
「ありがとう」。

そして、私たちに学びや生活の場所を与えてくださった多摩市と桜美林大学をはじめとして、高校卒業まで面倒を見ると約束してくれた海城学園の古賀理事長。
皆さんが手を差し伸べてくださったおかげで、通常なら学校運営が困難な状況の中でも、私たちは充実した学校生活を送ることができました。
このご恩は一生忘れません。

最後に、9人の後輩たち。
よく今まで残ってくれたと思います。
まさに十人十色の9人で、個性あふれる学年でしたが、僕たちのような先輩に最後までついてきてくれたことに感謝しています。

これからは9人で生活することになりますが、今まで過ごしてきた5年間を思い出してください。
寮に学校に行事に部活、いろんなことを精一杯頑張ってきた君たちは、もう立派なナスカイの六年生です。
自分たちの決断に自信を持って、これからも自ら考えて生活してほしいと思います。
一年後、君たちが後悔することのないように過ごしてください。
OBの助けがほしいときはいつでも呼んでください。
かわいい後輩のためならみんな駆けつけます。

私たちが経験したことは、普通の人が聞けば「大変だったでしょう?」と心配してくださるのが一般的だと思いますが、実際には「人生で一番充実した時間だったことに間違いありません」。
私自身、大学生という新しいステージへと一歩踏み出したい反面、まだまだナスカイ生でいたい気持ちもあります。
もう決して今までの日々が戻らないのは、少しさびしい気がしますが、どれをとってもこれほど多くのことに全力で取り組んだ経験は初めてでした。

人を思いやること。
周りの人に感謝すること。
自分自身の可能性。

ナスカイの先生方は、教科書以上の勉強を教えてくれました。

ナスカイファミリーと共に語り、暮らしてきた経験は、これから生きる上での大きな指針を与えてくれました。
どんな壁にぶつかっても、これまでの経験を糧に、先生方の言葉を思い出して乗り越えていこうと思います。

私たち最後から二番目の卒業生としてできるのは、今までお世話になった方々への感謝を胸に、ナスカイの名を後世まで伝えていくことだと思います。

それぞれがそれぞれの分野でナスカイ生らしく活躍し、おじさんになってもナスカイ生活を思い出してみんなで語り合いたいです。

そしていつかあの那須の地で、校歌と共に目覚めるナスカイ生たちを目にすることを願って、別れの言葉といたします。

めざましい適応力をみせた模擬海外体験

更新日:2016/03/22
平成28年3月20日(日)、千葉大学(けやき会館)において平成27年度第3回国際研究発表会が開催され、本校の特別講座「天文学入門」受講生1名が参加しました。

この1年間の研究成果をASEAN諸国の大学・高校教員の前で発表しました。
その場の公用語は、もちろん英語です。
発表タイトルは、"Surface properties of asteroids inferred from light curves and 3-D models" です。
「天文学入門」OBが残した観測成果を引き継ぎ、Web上に公開されている小惑星の立体形状データベースを新たに活用し、小惑星の表面特性(地形・地質など)を推定したものです。

発表は、ポスター・プレゼンテーション形式です。
海外の先生には、訪問すべきポスターが割り振られているようで、必ず誰かがポスターの前にやってきます。
最初の先生が来てくださったときには、参加生徒はすっかり緊張状態で、とにかく用意した発表原稿を見て小声で読み始めました。
それでは相手の先生に何も届きません。
先生は、もっと大きな声で話してくださいと身振りを交えて言いますが、生徒はまだそれを受け入れる状況ではなく、互いに少々困った様子で発表を終えました。

そして、2番目、3番目の先生を迎える中で少しずつ平常心を取り戻した生徒は、とうとう4番目のタイの工科大学から来た先生と会話が成立し、最後には先生から「都合がつくなら、来年、私の大学に研修に来ませんか?」と誘われているではありませんか。

そして、90分間の発表時間が終わる頃、他校の高校生がポスターを見に来たときには得意の日本語で堰を切ったように説明していました。

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