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OBリレーレポート

ファイト!那須海!!

更新日:2013/03/11
寒さが一入身にしみ、那須で過ごした冬の日々を思い出します。
こんにちは、私は那須高原海城中学校 ・ 高等学校第12期生の塩田稔と申します。
現在、神戸大学海事科学部マリンエンジニアリング学科に在籍しています。

私の学科は乗船実習があり、1年次は1ヶ月、3年次には4日間を体験しました。
衝撃科学研究室へ配属が決まり、これから研究というところです。
将来的にはエンジニアになるつもりです。
どこに就職したいかはまだ決めかねています。

現在の暮らしですが、私は実家が神奈川県なので、大学の寮に住んでいます。
中学3年生の頃に那須海に編入したため、現在合計で7年間寮に住んでいることになります。
やはり、那須海といえば全寮制、これだと思います。

思い起こせば、編入したての頃は同学年の皆と馴染めずに日々辛い思いをしていました。
しかし、次第に寮で暮らしていく内に皆と打ち解けあっていきました。
よく皆でバカ騒ぎをして、悪ノリして、先生によく怒られるまでの間柄になりました。

那須海の生活は全生徒があの閉鎖的で平等的な環境で暮らさなければなりません。
ある奴はまるで獄囚みたいだと言っていました。
言い得て妙な気分です。

そのため、特に同期と過ごした密度がとてつもなく濃いです。
さらに、お互いが接する機会が多いので、タイプが違う様々な人達と仲良くできました。
中には那須海でなければ、友達になれなかったであろう奴がたくさんいます。
これは他の寮ではとても真似できない、最大の長所だと思います。

今でも、SNSや携帯を通じてよく同期とは連絡をとっています。
全員とは言えませんが、実家に帰った時に遊んだり、神戸に来た時に寮の部屋に泊めたりもしました。
大学は休みが長いので、休み中に遠くにいる那須海の友達の家に行ったりするのも楽しいです。
部屋が綺麗になっている奴もいれば、めっちゃくちゃ汚い奴もいました。
良い意味でも悪い意味でも、寮の部屋がそのまま反映されているような気がしました。

私が那須海で得られた事の一番はやはり友達です。
間違いなく断言できます。
中高を地元で過ごしていたら100%友達とこんな関係性になっていなかったと思います。
それほどまでに私の中であの生活はかけがえのないものとなっています。

私は高校2年次に副フロア長、3年次にフロア長といった役職を歴任しました。
自主的にやりたかったわけではなく、決まった当初は驚愕で、何故選ばれたのかがわかりませんでした。
しかし、やってみると中々楽しく、皆も私なんかによく協力してくれたなと思います。
ONのときは朝7時20分までに登校させたり、OFFの時はロビーで騒いだものです。
個人的にはしっかりしていなかった気がしますが、良いフロア作りに日々邁進しました。
こうした生活が今の自分の自主性や協調性の元になりました。

最後に、後輩達へ。

震災以降、辛い生活を強いられているのは重々承知しています。
だからこそ、今の生活に耐えて那須海の底力を発揮して下さい。
辛い時には、周りには素晴らしい仲間達、先生方がいます。
何でも一人で悩まず、周りに相談しましょう。
微力ながら、私にも協力できることがあれば手伝わせて頂きます。
この気持ちは私だけではありません。
私達12期全員の総意と捉えて下さい。
もし海事系に興味ある人がいれば、是非私に連絡下さい。
まだまだ那須の寮は復興していませんが、いつかの日を夢見て。
無病息災、病に気をつけ体を労って日々をお過ごし下さい。

ファイト!那須海!!


次回は同学年の高田君にバトンを渡したいと思います。

仲間との絆

更新日:2013/03/04
こんにちは、12期生の萩原和範です。
私は現在、埼玉県にある獨協大学で経営学を専攻しております。
今回、このような文章を書かせて頂けるという機会を与えて頂けたことに心よりお礼申し上げます。
また、かねてより大変お世話になっておりましたナスカイに何か恩返しができればと考えておりましたので、精一杯の誠意をこめて筆を執らせて頂きます。

私は、高校からナスカイに入学しました。
私がナスカイへの進学を志望した理由は、離れていても心はつながりあえる最高の仲間がほしかったからです。
私の家庭は父の仕事の都合で小さい頃から引っ越しが数多くありました。
そのため、友達ができてもその土地をすぐに離れてしまうので、自分の中で本当の仲間だと思える人がなかなか作れませんでした。

しかし、ナスカイでは私が想像していた通りの、いやそれ以上の濃密な人間関係を築くことができ、本当に信頼できる最高の仲間と出会うことができました。
それは、やはり高原にある全寮制男子校という特異な環境のなせる業であり、そうした稀有な教育環境の学校に勤めている先生や職員の皆様のご助力のお陰であり、またそのような環境に順応し生活している生徒の力であると考えます。

私のナスカイでの思い出は、やはり全寮制男子校ならではの濃厚な人間関係です。
中高生という多感な時期に親元を離れ寮生活を行う。
毎日同じ釜の飯を食べ、同じ教室で授業を受け、同じグラウンドで汗を流し、同じ風呂に入り、同じ寮で寝る。
常に同じ時間を過ごし、同じ思い出を持ち、同じ記憶を持つ。
そんな仲間と過ごした毎日が私の一番の思い出です。
共に学び、共に遊び、共に笑い、共に泣き、共に過ごしたすべての時間が私の中で本当に大切な思い出です。
もしナスカイに入学していなかったら、このような思い出は作れなかったと思います。
ナスカイに入学して本当に良かったと思います。
もし、もう一度学生生活をやり直せるとしても、私はナスカイに入学します。
それほど素晴らしい経験と思い出を私に与えてくれました。

私は在学中、サッカー部のキャプテンや文化祭の実行委員長を務めました。
その経験から、現在も大学祭の実行委員を務めさせて頂いております。
ナスカイでの生活の様々な場面で、人前に立つ経験を数多くしたお陰で、今現在も人前に立ってリーダーシップをとることができています。
ナスカイで培った力を発揮するたび、ナスカイでは勉強はもちろん本当に大切な何かを学ばせて頂けたのではないかと感じております。
本当に感謝の気持ちで一杯です。

また部活動では、部員数が5名しかおらずまともに大会に出場できない状況にも直面しました。
しかし、腐らずにできることを精一杯やろう、あきらめないで頑張ろう、努力すれば必ず結果はついてくるという気持ちで頑張った結果、数少ない公式戦での勝利を挙げることができました。
その経験を通じて、最後までやりきることの大切さや、切ない気持ちの重要性を学ぶことができました。
そこで学んだ経験によって卒業してからの三年間、またこれからの人生の中で私自身の強みとして押しだしていけるものを手にいれられたのではないかと考えております。

後輩のみんなへ

今在学している人で自分のことを知っているのは高1以上ですかね。
知っている人はお久しぶりです。
知らない人は初めまして。萩原です。
東日本大震災から那須高原を離れ、都内で生活しているそうですね。
どうでしょう、都内の生活は慣れましたか?
きっと、なんだかんだメガステのヨークベニマルでカップめんを買い、マツキヨで洗剤を買っていたあの生活が恋しいことでしょう。
夏になると牛の糞の臭いがする、あのグラウンドが恋しいことでしょう。
冬になるとカメムシが大量発生して大騒ぎしていたことが懐かしいことでしょう。
部活で吐くほど走ったあの坂が恋しいことでしょう。
みんなで入ったあの風呂が恋しいことでしょう。
みんなで暮らしたあの寮が恋しいことでしょう。
ですが、もうあの場所には戻ることができません。
ナスカイ閉校の知らせを聞きました。
受け止めたくない現実ですが、みんなで受け止めなければいけません。
確かに、那須高原海城はこれで終わりになるかもしれません。
ですが、ナスカイ生の絆はなくなりません。
共に暮らした思い出はなくなりません。
自信と自負をもってこれから先の短い学校生活を楽しんでください!

人はつらい経験をすればするほど大きく、強くなれると思います。
難しいほうがやりがいあるじゃん! 
つらいことの方がわくわくするじゃん!
困難や逆境に絶対に負けない人間になってください。
ナスカイ生にはそれができます。
高いハードルを乗り越えた時、自分の新たな一面が見えたり、一回り大きくなれたりします。
本当につらくて耐えられなくなった時、あなたの周りには共に寮で暮らした、苦楽を共にした仲間がたくさんいるはずです。
そんな時は仲間を頼って、仲間に頼られ、壁を乗り越えていきましょう。
それだけの仲間があなたにはいます。
以上です。

ナスカイ生! 
情熱を持ってアツくいこう!


次回は同学年の塩田君にバトンを渡したいと思います。


写真ですが右側が私です。

ナスカイの友人や先生は一生の宝物

更新日:2013/02/25
こんにちは、第11期生の河合彬彦です。
私は那須海城を卒業してから、大学へ進学すると同時に専門学校にも同時に通い、現在は税理士を目指して勉強しています。
那須海城時代は軽音楽部に所属し、文化祭実行委員長や寮のフロア管理の仕事に力を入れていました。

那須海城という場所で生活を共にし、勉強や行事に対して同じ方向に力を注ぎ、高め合い時にぶつかり合った友人との時間は大変貴重なものとなりました。
個性の強い友人達と長い時間を共にしたからこそ、友人を鏡とし、確固とした自分を確立できたと今は確信しています。

大学に進学してからは那須海城時代に経験した「ひとつの目的に向かって力を合わせる」ことが忘れられず、ジャズ研究部とゼミに積極的に参加しました。
3年次には部長、ゼミ長に就任し、忙しい日々でした。

私は大学生になってから、ナスカイ時代には気付かずに身に付けたことが沢山あることを実感しました。
ナスカイでは先生や同級生の多くの人が自然にできていたことを二つ取り上げるのならば、まずひとつ目に、「多くの人にスポットライトを当てること」があります。

一緒に生活を共にし、人の得意不得意や合う合わないを感じ取るスキルを磨いたからこそ、一人一人に適材適所の役目を与えられます。
大学のゼミ長時代にはゼミのメンバー一人一人の個性をよく考えた上で研究の役割を分担し、大学内対抗のコンペで優勝できました。

もうひとつは人間関係構築のスキルです。
どこで生活しようと、人である限り人と接しながら生きていくことは避けられません。
そこで、ナスカイ時代に合う、合わない人とも関係なく同じフロアになります。
さらに時には合わない人と同じ部屋になった経験は大いに役に立ちます(笑)
ナスカイの人は「合わない人ともどう接すればいいのか」を自然に学習しています。

人には誰にも個性があります。
時にはどうしても合わない人もいます。
そのような時に焦って無理に近づいたりせず、また周りの人が気を遣うほど遠ざからずに、その人に合った一定の距離をとれる、これは非常に大切なスキルです。
私は大学生活において自分と合わないなと感じる人とも接しなければならない時、無理に近づいて嫌いになってしまっては悲しいので、そっと距離を置いていました。
周りには特に気を遣わせることもありませんし、人は変化していく生き物ですから、1,2年ほど経って仲良くなったりもします(笑)

このように、「好き、嫌い」以外の選択肢を持っていると人間関係をうまく広げられるということをナスカイで学びました。
ナスカイで学んだことはまだまだ沢山あるのですが、今日はこの辺までで(笑)

震災以降、ナスカイもとても大きなダメージを受けました。
私が育った寮も今は誰も住んでおらず、震災後の写真を見た時は大きなショック受けました。
ですが、私が多摩キャンパスに遊びに行く度に声を掛けて下さる先生方、歩いている後輩を見ていると「場所は変われどナスカイらしさを失っていない」ことを強く感じます。
ナスカイの友人や先生は一生の宝物です。
今でも同期の友人と旅行に行ったり、先生と食事に出かけたりします。

ナスカイ生へ……
自分たちがナスカイを作り上げていることに自信を持って、何事にも熱く挑んで下さい。
その一瞬一瞬が何よりの宝になります!


次回は文化祭実行委員長のバトンも受け渡した、1学年下の萩原君にバトンを渡したいと思います。

一生応援していきます

更新日:2013/02/18
初めまして。第11期卒業生でナスカイOBの篠原慧です。
私は現在学習院大学4年生で、4月にはいよいよ社会人になります。
大学では卒業研究に取り掛かっているところで、テーマは「異文化とユーモアの関わりについて」です。
ナスカイ時代はサッカー部に所属し、部長 ・ 副部長として試合に勝つことに全力を傾け、寮生活においては寮自治会フロア長とアドバイザーをしていました。

ナスカイの思い出として鮮明に覚えているのはやはり寮での仲間との生活です。
起床に始まり就寝まで共に関係を築きあってきた仲間との思い出は最高のものです。
今になってもまた寮生活をしてみたいなと思うときもあります。
私は6年間ナスカイで過ごしてきましたが、楽しかったことも嫌だったことも全てが最高の宝物です。
 
そして、寮生活での経験は昨年まで所属していた大学インカレのストリートダンスサークルで生かされました。
総部員200人、個性あふれる人達が集まった中で、私はmiddle school hiphopというジャンルの振付師として一年間サークルの運営に携わりました。

この役を引き継いだ当時、なぜかわからないですが
「しっかりまとめていけるかな……」
「教えていけるかな……」
といった不安を覚えることはなく、
「ナスカイで培ったものがあれば大丈夫!」
と感じ、自信をもって仲間を引っ張ることができました。
 
ここ最近よく感じるのは、私に寮生活をさせてくれたナスカイに対する感謝の気持ちです。
あの6年間が今の私に育ててくれたと思うと感謝しかありません。
そんな最高の環境にいる後輩達には、「一瞬一瞬の時間を大切に、ナスカイでしか味わえない面白さ」を探し、感じ続けて欲しいと思います。
那須でも多摩の地でも一際輝くナスカイを一生応援していきます。


次回は同学年の河合君にバトンを渡したいと思います。

写真で真ん中にいるのが私です。


ナスカイで出会った仲間たちは一生の宝

更新日:2013/02/11
こんにちは、那須高原海城高等学校11期生の楳内滉です。
現在、芝浦工業大学の4年生で主に機械、構造物の振動について研究しており、来年の春から同大学の大学院に進学します。

振動は動くモノ、機械には必ず発生する現象で、良くも悪くも働きます。
この現象をシミュレーション解析と実験で明らかにし、将来的に実機に適用させ、工学分野の基盤を底上げできるようなエンジニアになりたいと考えています。

ナスカイでは多くのことを学びました。
いわゆる社会の常識や一般知識、座学などで得られるものだけではなく、人間としての大切な部分を学んだと、卒業して思います。
特に数多くの行事を通して自然に身についた前向きな姿勢や寮生活で鍛えた協調性・忍耐力に関しては他の学生とは比べ物にならないでしょう。

在学中、部活動や生徒会、寮自治会など様々なことに取り組みましたが、一番の思いでは日々の寮生活です。
ご飯も一緒、風呂も一緒の環境で生活すると、考えることは同じでした。
ナスカイで出会った仲間たちは一生の宝です。

後輩のみなさん。親元を離れて寮生活をすることに加え、3.11の影響もあり、一般の中高生とくらべて不自由な点も多いと思います。
しかし、ここで得られる経験は人生で大きな糧となるでしょう。
ナスカイの仲間と先生方を信じて頑張って下さい。


次回は同級生の篠原慧君にバトンを渡します。

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